吃音・治療

体験記:吃音と向き合う

私がどもり始めたのは記憶の限りでは小学5年生の頃です。
当時の私は人見知りで、仲の良い友達意外とは滅多にしゃべりませんでした。
 
 
 
そんな中でも自分を主張していた記憶ははっきりとあります。
 
 
 
言葉が詰まるようになってからは、
人と話すことに多少の戸惑いを感じていました。
 
 
話すのを嫌がったり、話すのを諦めて後悔した記憶はなく、
言いたいことは十分に言えていたと思います。
 
 
 
ただ、友達と話すときはどもることはめったになく、
どうしてもどもってしまう本読みは嫌いでした。

宿題の本読みは、いつも母の前でしていたのですが、

母には「困らせたくない、変だと思われたくない」と
必死に言葉の詰まりを隠していました。
 
 
 
周りから見ても明らかなほどどもり、もうばれていると分かっていても、
それでも必死に隠し通そうとしていました。
周りが私の吃音を認めていても、
自分からは決して認めようとはしませんでした。
 
 
 
私自身「この言葉の詰まりはそのうち治るだろう」と
思っていたので深く悩むことはありませんでした。
 
 
 
しかし中学に上がり、そうもいかなくなりました。
 
 
 
しゃべらなければならない場面が増えてきたのです。
小学校でうまく隠せていたことが隠せなくなり、
より意識して吃音を隠すようになりました。
 
 
 
音読などでひどくどもったときは惨めで、そ
のたびに行き場のない悔しさを味わい、
独りで落ち込むばかりでした。
 
 
 
しかしそれでも「いつか治るんだ」と思い込むことで
深く悩むことはありませんでした。


「どもる自分」から逃げていました。
 
 
 
やろうと思えばできたことでも、
吃音を理由に簡単に諦めてしまい壁にぶつかろうとしないから、
自分が何をしたいのか実感が持てない。
 
 
 
そんなあやふやな状態だから、
「いつか吃音が治ったらできるだろう」
と現実味のない将来を抱いていた気がします。
 
 
 
吃音を持ったまま生きていこうなとどは
決して考えようとしませんでした。

高校に入るまでに私の吃音に対する態度は固まっていました。

吃音を理由に諦めることもたびたび出てくるようになりました。

ただ中学の頃とは違い、高校では対人関係で悩むようになりました。
 
 
自分の言おうとすることに自信がもてなくなったのです。
 
 
どもるのが恥ずかしくてしゃべれなかった自分はいつの間にか、
 
 
 
自分に自信がもてないからしゃべれない自分へと変わっていました。

「吃音さえ治ればすべてうまくいくのに・・・」

 
 
ということばかり考えていた私は、高校を卒業後、
国立リハビリテーションセンターに通い始めました。
 
 
毎日期待に胸を膨らませて通ったのですが、
二年間通っても吃音症状は改善しませんでした。
 
 
ただ吃音について様々なことを知ることができました。
 
 
いろいろな吃音者の体験談を聞く機会があり、
今までの自分を振り返ってみました。
 
 
そしてまずはこの引っ込み思案な性格を何とかしたいと思いました。


思えば、このとき初めて自分の吃音をきちんと向き合えたのではないかと思います。
 
 
 
このときはまだ「それでも吃音は治したい」という想いが
強かったのですが、
いろいろな方々の経験談をきくうちに次第に
「吃音をもったままでもいいのではないか?」と思うようになっていきました。
 
 
 
吃音を抱えた方々の人生に触れ、
「独りじゃなった」ことを自覚し、
吃音に対する自分なりの付き合い方を
少しづつ探し始めるようになりました。
 
 
今でも吃音を治したいという気持ちはあります。
 
 
しかし、問題は吃音ではなく、
吃音を前に逃げてばかりいた自分自身に
問題があったのではないかと思うのです。
 
 
 
自分自身に自信が持てるようになれば、
吃音症状はもはや大して問題ではなくなる。
 
いまはそう確信しています。

※「どもるあなたに」より
 
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吃音の改善に向けて大切なことが書かれている示唆に富んだ
貴重な体験記だと思います。

吃音は、意識するほど「吃音が近づいてくる」という感覚のような気がします。

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